森と海
「森は海の恋人」とは何か — 流域という視点
牡蠣漁師は、なぜ山に木を植えたのか
1989年、宮城県気仙沼湾。牡蠣の養殖を営む漁師たちが、湾に注ぐ大川の上流、室根山に広葉樹の苗木を植え始めました。「森は海の恋人」を合言葉にしたこの運動は、漁師が山に木を植えるという一見不思議な光景で注目を集め、後に環境教育の教科書にも載る取り組みになります。
彼らを山に向かわせたのは、海の変化でした。高度成長期以降、気仙沼湾では赤潮が発生し、牡蠣の品質が落ちる年が続いた。海だけを見ていても原因はわからない。川をさかのぼり、流域全体を見たとき、上流の森の荒廃と海の不調がつながっているのではないか——そう考えた漁師たちは、海を治すために山に登ったのです。
森と海をつなぐ「川」のはたらき
森と海の関係は、情緒的な比喩ではなく、物質の循環として説明できます。
森の土壌では、落ち葉や倒木が微生物によって分解され、腐植土が育ちます。この過程で生まれるフルボ酸などの有機酸は、土中の鉄と結びついて「フルボ酸鉄」となり、雨水とともに川へ流れ出します。鉄は、海の植物プランクトンや海藻の光合成に欠かせない微量元素です。ところが鉄は水中で酸化して沈殿しやすく、海の生き物が利用できる形で沿岸に届くには、森の腐植土という「加工工場」を経る必要がある——この仕組みが、森と海の生産性をつなぐ一本の線だと考えられています。
窒素やリンといった栄養塩も同様に、森から川を経て河口へ運ばれます。適度な栄養塩は植物プランクトンを育て、それを食べる動物プランクトン、貝類、小魚、と食物連鎖の土台になります。河口や干潟が「海のゆりかご」と呼ばれるのは、この栄養の受け渡しが最も濃密に起こる場所だからです。
逆のことも起こります。森が放置され、土壌の保水力が落ちれば、雨のたびに濁水が一気に川へ出て、沿岸の藻場に泥をかぶせる。森・川・海は、良くも悪くもひとつのシステムとして動いています。
「森里川海」— 国の政策になった流域の思想
この見方は、いまや個人の運動を超えて政策の言葉になっています。環境省は「つなげよう、支えよう森里川海」プロジェクトを掲げ、森・里・川・海を分断された別々の環境ではなく、恵みの循環でつながる一つの自然として捉え直す取り組みを進めています。
背景には、日本の国土の構造があります。国土の約7割が森林で、そのすべての森は、どこかの川の上流です。そして日本は世界有数の長さの海岸線を持つ。つまりこの国は、無数の「森から海への流域」の集合体としてできている。流域のどこか一箇所の不調は、必ず下流へ伝わります。
私たちがこの言葉を大切にする理由
株式会社オーシャンは、海の名を冠した会社でありながら、事業はベトナムと日本の森から始めています。矛盾しているように見えるかもしれません。しかし流域の視点に立てば、順序はむしろ自然です。海の豊かさの出発点は森にあり、森を育てることは、時間をかけて海を育てることだからです。
森の炭素吸収(グリーンカーボン)と、海の炭素貯留(ブルーカーボン)。木材と、海の幸。上流の保水と、沿岸の防災。流域がつなぐ価値は一つではありません。私たちは、この循環の全体を事業の視野に置き、森から里、そして海へと、関わる現場を広げていきます。
「森は海の恋人」——気仙沼の漁師たちがこの言葉に込めたのは、離れた場所どうしが実は支え合っているという、流域のリアルな実感でした。私たちの事業も、その実感の上に立っています。