何が起きたか
Carbon Pulseが9月7日に報じた入札文書によると、シンガポール政府は2030年と2035年の国家目標(NDC)達成に向け、パリ協定6条に基づく国際移転緩和成果(ITMO)を最低1,200万トン調達する選抜入札の第2段階を開始した。
第1次入札は2024年9月に公示され、2025年2月の締切までに商社・エネルギー企業・開発事業者など17者が応札した。結果として2025年9月、ペルーのREDD+2案件、パラグアイの草地再生、ガーナの再植林の計4案件から217万トン、約5,560万ドルの契約が締結されている。4案件はいずれもVerra登録で、方法論はVM0047(新規植林・再植林)、VM0048(REDD+)、VM0042(農地管理改善)だった。
なぜ重要か
第一に、規模が変わった。第1次の217万トンに対し、今回は下限だけで1,200万トン。シンガポールの2030年排出目標は約6,000万トンであり、国内炭素税の対象企業が排出量の5%まで国際クレジットで相殺できる制度と合わせると、政府自身が市場最大の買い手になる構図が固まりつつある。
第二に、価格の目安が公開された市場になっている。第1次で開示された応札単価はトンあたりS$25〜55(約18〜41ドル)で、同時期のボランタリー市場の自然由来クレジットが10ドル前後だったことを考えると、相当調整済みの6条クレジットは2〜4倍の価格帯にあることが示された。シンガポールの炭素税は2026年にS$45へ引き上げられ、2030年にはS$50〜80に達すると見込まれており、応札者の一部はこの税率を基準に価格を組み立てている。
第三に、供給側の条件が厳しい。対象となるのは、シンガポールと二国間実施協定を結んだホスト国の案件に限られ、ホスト国政府が相当調整を約束する必要がある。落札者には5%の保証金と、未納時に炭素税連動のペナルティが課される。資本力と政府間調整の両方を持つ事業者しか参加できない設計だ。
日本への含意
日本はJCM(二国間クレジット制度)を通じて、6条クレジットの調達では世界的に先行してきた。しかし、シンガポールが公開入札で価格を明示し始めたことで、東南アジアの自然由来クレジットの「相場」はJCMの外側で形成され始めている。
2026年度から本格稼働したGX-ETSでは、JCMクレジットを実排出量の10%まで償却に使えるとされている。国内の需要が立ち上がる時期に、同じ供給源をシンガポール政府が5倍規模で押さえに来ている。日本企業がベトナムやインドネシアの森林由来クレジットを確保しようとするなら、シンガポールの入札価格が事実上の下限として効いてくることになる。
ホスト国の側から見れば、相当調整の約束は国自身のNDC達成分を手放すことを意味する。どの国がどの程度の量を海外移転に回すかは政治判断であり、6条クレジットの供給は当面、需要より政府間協定の進み方で決まる。
用語解説: ITMOと相当調整
ITMO(Internationally Transferred Mitigation Outcome)は、パリ協定6条2項に基づき国家間で移転される排出削減・吸収の成果。移転する側の国は、自国の排出インベントリから同量を差し引く「相当調整(Corresponding Adjustment)」を行う。これにより、同じ削減量が売り手と買い手の両方の国で計上される二重計上を防ぐ。ボランタリークレジットとの最大の違いは、この国家会計上の処理があるかどうかにある。