何が起きたか

Carbon Heraldは2026年9月7日、シンガポールとラオスの両政府が、パリ協定6条に基づくカーボンクレジットの創出と国際移転に関する協定に署名したと伝えた。報道によれば、この協定は両国間でクレジットを開発し移転するための「法的拘束力のある枠組み」を定めるものとされている。

シンガポールはこれまでも、国別目標(NDC)の達成と国内炭素税制度の運用を念頭に、複数のホスト国と6条に基づく実施協定を結ぶ方針を示してきた。今回の署名は、その相手国にラオスが加わったことを意味する。個別案件の内容や量、価格といった具体的な条件は、今回の報道からは確認できない。

一般に、この種の二国間協定は、対象となる方法論やセクター、承認手続き、報告や検証の要件、そして移転にあたって不可欠な相当調整(コレスポンディング・アジャストメント)の取り扱いを定める。協定の締結自体はクレジットの発行を保証するものではなく、その後に個別案件の承認と実施が続く段階的なプロセスになる。

なぜ重要か

第一に、6条市場では、案件の開発可能性がホスト国政府の意思決定に強く依存する点が改めて示された。相当調整を約束するということは、ホスト国が自国のインベントリからその削減量を差し引くことを受け入れる、つまり自国の目標達成分を手放すことを意味する。したがって、供給量は民間の開発力だけでなく、政府間の合意がどこまで進むかによって規定される。

第二に、東南アジアの供給国側で協定網が広がっていることの意味である。メコン地域は森林や土地利用に関わる緩和のポテンシャルが指摘されてきた一方、制度整備やモニタリング体制の構築が課題として挙げられてきた。買い手国との枠組み協定は、案件形成の前提条件を整える役割を持つと考えられる。

第三に、法的拘束力という点である。覚書(MOU)にとどまる段階と、権利義務を明確にした協定とでは、事業者から見た予見可能性が異なる。投資判断に必要な条件が文書として固まるほど、資金は動きやすくなるという整理ができる。

日本への含意

日本はJCM(二国間クレジット制度)を通じ、ラオスを含むアジア各国と協力関係を築いてきた。同じホスト国に対して複数の買い手国が枠組みを持つ状況では、案件の獲得は制度の有無ではなく、条件面の競争に移っていく可能性がある。

GX-ETSの下で国内需要が立ち上がる局面にあることを踏まえると、日本の事業者にとっては、ホスト国政府の承認プロセスに早い段階から関与できるかどうかが実務上の分かれ目になりやすい。特に森林・土地利用分野は、参照レベルの設定や永続性の担保など、合意形成に時間を要する論点が多い。

また、供給側から見れば、複数国と協定を結ぶことは選択肢の拡大であると同時に、限られた国内の緩和ポテンシャルをどこに配分するかという政策判断を伴う。日本の関係者としては、協定の締結状況だけでなく、その後に承認された案件の中身を継続的に確認する姿勢が求められると言えるだろう。

用語解説: 二国間実施協定(Implementation Agreement)

パリ協定6条2項に基づき、クレジットを移転する国と受け取る国が、移転の条件をあらかじめ取り決める政府間の合意文書。対象分野や方法論、承認手続き、報告・検証の方法、相当調整の実施などを定める。枠組みを定める協定と、個別案件の承認は別の段階であり、協定の署名が直ちにクレジットの発行や移転を意味するわけではない。