何が起きたか
Carbon Pulseは2026年9月23日、ニューヨークで開催された気候週間の関連行事に合わせて公表された研究を取り上げ、衛星データの分析から、森林の劣化に伴って失われるCO2が、森林の破壊(伐採による消失)に伴うものを上回るとの結果が示されたと報じた。
報道によれば、この研究は炭素市場の案件設計に対する示唆として、劣化による炭素の損失を計算に含める必要があると指摘している。含めない場合、森林破壊への対策によって得られた成果が、劣化の進行によって打ち消される恐れがあるという整理である。
森林破壊は、樹木がまとまって失われ土地の用途そのものが変わるため、衛星画像でも比較的とらえやすい。これに対して森林劣化は、選択的な伐採や火入れ、林縁部の乾燥化、道路開設に伴う分断などによって、森林としての外形を保ったまま炭素の蓄積や生態系の機能が低下していく現象を指す。従来は面積の変化を基準とする監視が中心で、劣化の把握は相対的に難しいとされてきた。今回の研究は、衛星による観測がその空白を埋め得ることを示した事例と位置づけられる。
もっとも、現時点で確認できるのは報道が伝える結論の骨格までである。分析の対象地域や期間、用いたセンサーや推定手法、不確実性の幅といった詳細は本報道からは判断できず、研究そのものの公表資料に沿って確認する必要がある。
なぜ重要か
第一に、森林由来のクレジットにおける算定の基準線に関わる点である。REDD+をはじめとする森林分野の手法は、森林破壊の回避を中心に組み立てられてきた経緯がある。劣化による炭素損失が破壊を上回る規模であるとすれば、面積の減少だけを追う設計では、実際の炭素の増減を十分に映せていない可能性が出てくる。案件単位の成果と、地域全体で起きている変化とのずれをどう扱うかという論点にもつながる。
第二に、監視技術の役割である。劣化の把握には、樹冠の状態や樹高、バイオマス量の変化を継続的に追う必要があり、光学画像に加えてレーダーやライダーなどの活用が議論されてきた。衛星データの解像度と頻度が上がるほど、これまで見えにくかった変化が数値として現れる。その結果、既存の案件の評価が事後的に見直される場面も想定される。
第三に、資金の配分への影響である。森林保全への資金を増やす議論が国際的に続く中で、どの状態の森林にどれだけの価値を認めるかは、資金の向け先を左右する。劣化した森林の回復や、劣化を防ぐ管理が評価対象として明確に位置づけられるかどうかは、今後の制度設計の焦点になり得る。
日本への含意
国内の森林は、国土の広い範囲を占める一方で、間伐や主伐後の再造林が十分に進まない区域、鳥獣害や気象害によって活力が下がっている区域が指摘されてきた。これらは面積としての森林が失われるわけではないため、統計上は変化が見えにくい。今回の研究が示す視点は、蓄積量や樹冠の状態といった質的な指標を、面積と併せて把握する必要性を改めて示すものと受け止められる。
企業の担当者にとっては、海外の森林由来クレジットを調達する場合に、対象地域で劣化がどう扱われているか、モニタリングの手法が劣化を検知し得るものかを確認する視点が挙げられる。案件の説明資料で、森林破壊の回避と森林の質の維持が区別して記載されているかは、一つの手がかりになるだろう。
自治体や林業の関係者にとっては、衛星や航空機によるリモートセンシングを、森林経営計画や資源把握の補完に用いる動きとの接点がある。データの取得と現地調査の組み合わせ方、費用負担、得られた情報の共有範囲をどう設計するかは、事前に整理しておきたい事項といえる。現段階で結論を急ぐ必要はなく、研究の原典や各国の方法論の改定状況を順に追うのが妥当と考えられる。
用語解説: 森林劣化
森林が森林としての区分を保ったまま、炭素の蓄積量や生物多様性、水源涵養などの機能が低下していく状態を指す。樹木をまとめて伐り土地の用途を変える森林破壊(デフォレステーション)と区別される概念で、選択的な伐採、下層植生の消失、火災、病虫害や鳥獣害、道路や農地の拡大による林縁の増加などが要因として挙げられる。外形上は樹木が残るため、面積の変化を基準とした統計や衛星画像の単純な比較では把握しにくい。国際的な気候枠組みではREDD+の「D」の一つとして位置づけられ、劣化の抑制も対象に含まれるが、測定と基準線の設定が難しく、実務上の扱いは制度や方法論によって差がある。近年は樹高やバイオマス量を推定する衛星センサーの発達により、定量的な把握を試みる研究が増えている。