何が起きたか

Carbon Pulseは2026年10月9日、国際海事機関(IMO)が同日、一部の海洋CO2除去(mCDR)手法を対象とする新たな指針を採択したと伝えた。報道では、この採択が海洋を基盤とする炭素除去クレジットの新興市場に影響を及ぼしうるとの見方が、関係者から示されているとされる。

海洋CO2除去は、海水のアルカリ度を高める手法や、海藻などの生物を介して炭素を海洋に移す手法、海水から直接CO2を取り出す手法など、複数の考え方が研究・実証の段階で並行して検討されている分野である。海洋への物質の投入や海洋環境を人為的に操作する行為については、廃棄物の海洋投棄を規律するロンドン条約・同議定書の枠組みの下で、IMOが議論を重ねてきた経緯がある。今回の指針も、こうした流れの延長線上に位置づけられる動きと読める。

ただし、現時点で参照できる情報は報道の要旨にとどまり、指針が対象とする手法の具体的な範囲、実施にあたって求められる環境影響評価や許可の手続き、モニタリングの内容、研究目的と商業目的の線引き、各国の国内法への反映の仕方といった中身までは確認できない。IMOの公表文書や会合の報告に当たり、前提を確かめる必要がある段階である。

なぜ重要か

第一に、海洋CO2除去は、クレジットの買い手の関心が高まる一方で、環境面の規律が定まりきっていない分野とされてきた。海洋は国境をまたぐ共有の空間であり、一国の判断だけでは実施の是非を決めにくい。国際機関が手法ごとの扱いに踏み込むことは、どこまでが許容され、どのような確認が必要かという共通の目安を与える意味を持ちうる。

第二に、市場形成への影響である。プロジェクトの開発者にとって、実施可能性を左右するのは資金や技術だけでなく、許認可の見通しでもある。指針が明確になれば、手続きの予見性が高まり、実証の計画が立てやすくなるとの見方がありうる。他方で、要件が厳しく解釈されれば、商業規模での展開には時間を要するとの評価も成り立つ。報道が市場への影響に触れているのは、この両面の不確実性を反映したものと考えられる。

第三に、クレジットの品質評価への波及である。海洋での除去は、炭素がどれだけ長く海中にとどまるか、測定をどの地点で行うか、生態系への副次的な影響をどう扱うかといった論点を抱える。国際的な指針が示す環境配慮の考え方は、民間の認証制度が方法論を設計する際の参照材料にもなりうる。

日本への含意

日本は海洋に囲まれ、ブルーカーボンを含む海洋由来の炭素吸収・除去に関する取り組みが各地で進められてきた。藻場の保全・再生のように沿岸の生態系を対象とする取り組みと、海水の性質を操作するような工学的手法とでは、制度上の扱いも社会的な受け止めも異なる。今回の動きが前者に直ちに及ぶかは、報道からは判断できない。

企業の担当者にとっては、海洋由来の除去クレジットを検討する際に、その手法が国際的な枠組みの下でどう位置づけられるか、実施国の許可を得ているかを確認する姿勢が引き続き求められる。自治体や漁業関係者にとっては、沿岸域で新たな実証が提案された場合に、環境影響の評価や地域への説明がどのような手順で行われるかが実務上の関心事となる。いずれの立場でも、公表文書で対象と条件が確認できてから具体的な判断に進むのが現実的といえる。

用語解説: 海洋CO2除去(mCDR)

海洋の持つ炭素の吸収・貯留の働きを人為的に強め、大気中のCO2を取り除こうとする手法群の総称である。海水のアルカリ度を高めて溶存炭素の形で固定する考え方、栄養塩の供給により植物プランクトンの生産を促す考え方、海藻や沿岸生態系を活用する考え方、海水から直接CO2を分離する考え方などが含まれ、技術的な成熟度や環境影響の性格はそれぞれ異なる。

評価上の論点としては、取り除いた炭素がどの程度の期間とどまるか(永続性)、大気からの吸収量をどの地点でどう測るか、海洋の化学的性質や生態系への副作用をどう監視するか、そして実施しなかった場合との差をどう示すか(追加性)が挙げられてきた。陸上の植林や土壌炭素と比べ、観測が難しく、影響が広域に及びうる点が特徴とされる。

規律の面では、海洋への物質投入を扱う国際的な枠組みの下で議論が進められてきた経緯があり、研究目的の実施と商業的な展開を区別する考え方が示されてきたとされる。クレジットとして扱う場合には、環境面の許認可と算定上の方法論の双方を確認する必要がある分野といえる。